「麦芽粕再利用プロジェクト」座談会
麦芽粕を再利用するのが当たり前な未来へ。

京都のクラフトビールシーンを中心に広がりつつある、「麦芽粕再利用プロジェクト」。
ビールを作るときに大量に捨てられている「麦芽粕」をどうにか活用できないか? これは、そんな課題をともにしたブリュワリーが集まり、知識や情報をシェアしあうプロジェクトです。
今回は醸造所を経営したり、クラフトビールイベントを開催している3名に、麦芽粕について今取り組んでいること、そのなかでわかってきたことなどをうかがいました。「麦芽粕再利用プロジェクト」が描く未来は、どんなものなのでしょうか?

プロフィール:

田中 郁后(たなか・いくこ)

株式会社翠灯舎代表取締役。WEBサイトや印刷物のデザインを生業としており、京都・一乗寺ブリュワリーとの仕事をきっかけに、クラフトビールの世界に関わるようになる。その後、有志によるグループ「クラフトビール部」を結成し、クラフトビールのイベントを開催。醸造所や醸造家同士をつなげ、クラフトビールの文化を支える仕組みづくりを目指している。

   

伴 克亘(ばん・かつのぶ)

株式会社京都・一乗寺ブリュワリー代表取締役。共同経営者であり、精神科医である高木俊介の「障害を抱えている人に仕事を作りたい」という想いに共感し、飲食店経営の経験を活かし京都・一乗寺ブリュワリーに参加する。「本物でありながら、気軽に楽しめるお店」をコンセプトに、京都・一乗寺ブリュワリー直営店・ICHIYAのほか、現在6店舗の飲食店を先斗町・祇園エリアを中心に経営している。

    

村岸 秀和(むらぎし・ひでかず)

Kyoto Beer Lab 京都ビアラボ」代表。2008年に京都にて古民家再生・空き家活用を中心としたNPO法人を設立。地域活性事業として携わった、和束町でのお茶のビール作りをきっかけにクラフトビール業界へ。2018年3月七条木屋町にブリューパブ「Kyoto Beer Lab 京都ビアラボ」をオープン。

捨てられ続けてきた麦芽粕

ー「麦芽粕再利用プロジェクト」が立ち上がったきっかけは何だったのでしょうか?

田中:あるとき一乗寺ブリュワリーの伴さんから、「ビールを作るときに出る麦芽粕を産業廃棄物として処分しているのだけど、それをうまく再利用できないだろうか」というご相談をいただいたんです。それで私も何かできないかなと考え、以前 一乗寺ブリュワリーの共同経営者の高木さんが「麦芽粕のぬか床をやってみたい」とおっしゃっていたのを思い出して、実験的に麦芽粕でぬか床を作り始めました。それが、このプロジェクトを立ち上げることになったきっかけですね。

伴:うちでは今、麦芽粕はお金を払ってゴミとして捨てているんですよ。ときどき京都芸術大学の学生さんが取りにきて、肥料や飼料として持って行ってくれるんですけど、そういうふうに使っていただいているのは全体のごく一部で。ずっと、麦芽粕をもっと何か別のことに活用してもらえないだろうかと考えていたんです。

村岸:うちにもときどき農家さんが畑に撒くために取りに来てくださるんですが、全体の量で見るとごくわずかですね。

ー麦芽粕は、ビールを作るときに必ず出るものなんですよね。だいたい、一度でどれくらいの量が出るものなんでしょうか?

村岸:うちは1回あたり200リットル仕込むんですが、水分を含む前でだいたい60キロくらいですかね。

伴:うちは1回あたり500リットル仕込んで、80キロくらいかな。それが、1、2週間に1度くらい。

ーだいぶ多くの量が出るんですね。現状は、そのほとんどを捨てていると。

村岸:はい、大部分は産廃業者さんに引き取ってもらっている状態です。うちもそれに対する課題感は前からあって、どうにか活用できないかなと考えていました。

もともとは、肥料として使ってくれる方が増えたらいいなと思っていたんですけど、それだけじゃなくて料理にも使うことはできないかなと考え始めたんです。ただクッキーやパンを作ってみても、どうもなかなか「すごくおいしい!」というまでには至らなくて。そんな試行錯誤をする中で、グラノーラはすごくおいしくできたんですよ。今お店でビールと一緒に出して、「このビールから出た麦芽粕で使ったグラノーラです」と、おつまみとして楽しんでもらっています。

そのあたりからFacebookでグループを作って、「麦芽粕が欲しい人はうちまで取りに来てください」と情報をシェアするようになりました。田中さんからこのプロジェクトに声をかけてもらったのもその頃ですよね。

今はそのFacebookグループで、麦芽粕の使い方を共有し合っているところです。

「お金になる」こと以外の新しい価値

ー意外だったのが、麦芽粕の使い方がまだ確立されていないということでした。こんなにたくさん出るものなのに、「どうしたらおいしいものが作れるのか」「どんな活用法があるのか」はまだみんなで試行錯誤している段階なんですね。

村岸:そうなんです。これまでは活用すると言っても、肥料とか飼料止まりでした。でも、麦芽粕のFacebookグループを作って「麦芽粕欲しい人あげますよ」と情報を流したら、想定よりすごくたくさんの方が取りに来てくれたんですよ。みなさん、麦芽粕の使い道なんてよくわからないはずなんですけど、「自分もこれを活用して何か作ってみたい」って思ってくれたみたいで。

そのうち「こんなの作ってみました」とFacebookグループに投稿してくださるようになって、自然とコミュニティができあがっていきました。これからもっとアイデアが共有されたら、コミュニティも広がっていくのかなと思っています。

伴:これまで麦芽粕の用途が肥料・飼料以外に広がらなかったのは、職人の仕事の範疇じゃなかったからじゃないかと思うんです。ビール造り以外のことに興味がいかなくて、栄養たっぷりのはずの麦芽粕をどう活かせばいいのか、なかなか研究がされていなかった。「お金にならないこと」とか「手間がかかること」って敬遠されていたんですよね。

でも今は、だんだんと若い人の中にもったいない精神が芽生えて、「無駄をなくすために再利用ができないか」と考える人が増えてきた気がします。その目線が、麦芽粕にも向いているように思いますね。

田中:今までは、麦芽粕はただのコストでしかありませんでした。人に分けるとしたって手間がかかるし、売り上げにもならない。だけど今は経済効果以外にも、「無駄をなくす」とか「新しいコミュニティを作る」とか、お金以外の価値も見出されつつある時代です。そういう視点で見ると、麦芽粕には未来があるなと感じます。

ただ、「どうしてこれまで商品化されなかったのか」というのにもやっぱり理由があって……。栄養豊富で体にもいいんだけど、単純に「あまりおいしくない」っていう大きな課題があるんですよね(笑)。インターネットで調べてみても、みなさん味の部分で試行錯誤していらっしゃる。ぬか床も、麦芽粕だけでは旨味がなくおいしくならないので、米ぬかを入れるなどして工夫しているところです。

ー麦芽粕単品では、味の部分はなかなか難しいんですね。

田中:今って、おいしくて栄養があるのが当たり前だから、そこがなかなか難しいですね。だから、いかに「麦芽粕が入っている」ということ自体に価値を見出すか……それがないと、商品化は現実的には難しいんじゃないかなと思います。

麦芽粕を軸にして生まれる、新しいサイクル

ーそんな中で、麦芽粕再利用に向けて新しく取り組もうとされていることはありますか?

伴:僕の知り合いに、亀岡でホップを作っている農家さんがいるんですけど、その方に「麦芽粕を肥料にしてホップを作れないか」と相談しているんですよ。それで今年、挑戦してもらうことになりそうなんですけどね。もしそれが実現すれば、麦芽粕を肥料にホップを作って、そのホップでビールが作れる。そこで出た麦芽粕をまた肥料に使ってホップを作って……という、良い循環が生まれるなと思っています。

ーそれはすごくわかりやすいサイクルですね。

田中:私も別の方法で、サイクルを作れないかなと思っていて。麦芽粕でぬか床作りをしていると話しましたが、そのぬか床を入れる壺にも麦芽粕を活用できないかと考えているんです。麦芽粕って天然素材なので、釉薬にもなるんですよ。麦芽粕の釉薬でできた焼き物で、麦芽粕のぬか床を作って、ぬか漬けを食べる。その野菜も、麦芽粕を肥料にして作ったものを使えば、ひとつの大きなサイクルができて、関わる人も多くなるんじゃないかと思っています

村岸:サイクルと言えば、僕の店の前には高瀬川があるんですが、そこにいろんな果樹が植わっているんですよ。もともと近隣住民が勝手に植えたものらしいんですけど、いろんな季節にいろんな実がなるんです。うちも、そこにできたすだちを使って、すだちビールを作ったりしているんですけどね。そこに今、麦芽粕を肥料として撒きに行っていて、収穫できたらまたそれでビールを作ろうと思っているんです。それもひとつの循環ですよね。

ーいろんな循環の仕方がありますね。その循環自体も「麦芽粕が入っている」価値になりそうです。

サイクルの中で、新しい雇用を生み出していく

伴:もうひとつ、一乗寺ブリュワリーは精神科医の高木俊介が創業したんですが、そもそもの理由は「障害者の働く場を作りたい」というものだったんですね。僕はそれにとても共感して、商売人として手伝うようになったんです。

それなので、実はこの麦芽粕再生プロジェクトの話をいただいてから、知り合いの福祉施設に話をしに行って、麦芽粕でクッキーを焼いてもらうところまで話をつけてきたんですよ。

ーへえー!

伴:たとえば村岸さんは今、麦芽粕を無料で配っていらっしゃいますよね。そこからコミュニティが生まれるのは大前提として、それをいつか、有料で買い取る仕組みにできないかなと思っているんです。たとえば村岸さんのところから麦芽粕を買い取って、それで福祉施設の方にクッキーを作ってもらう。そのクッキーをまたお店に卸させてもらって、お客様にビールと一緒に召し上がっていただく……という。

ーそれもまたひとつの新しいサイクルですね。新しい経済のサイクル。

伴:麦芽粕の再利用だけに留まるんじゃなくて、これまで仕事がなかったところに仕事を生み出し、良い意味で回らせたらいいなと。それで今、試作をしてもらっているところなんです。

田中:私も、高木さんのその考えにはとても共感をしていて。ぬか床のキットも作ろうと思っているのですが、それを個包装にする作業を、福祉施設の方にお願いしたいなと思っているんです。私も福祉施設の方にそういう作業が可能かお伺いしたのですが、「そういうのは大得意です」って言われました(笑)。アップサイクルの過程で、今までにない場所で雇用を生み出していくっていうのも、大事なことだなと思いますね。

これまで交流のなかった人たちとの接点に

ー村岸さんの場合は、麦芽粕をテーマにコミュニティを作っていらっしゃいますが、その中で気づきなどはありましたか。

村岸:うちではビールのテイスティングツアーや工場見学をやっているのですが、そのときに仕込みで麦芽粕が出るシーンを見ていただくことがあるんですね。最近は、そこに注目ををして「この麦芽粕ってどうするんですか」と質問してくれる方が増えてきている印象です。みんな「無駄をなくしたい」という意識を持ちつつあるんでしょうね。だから接点さえ作ることができたら、もっと「麦芽粕を活用したい」という方が増えるんじゃないかなと思っていて。

あと、麦芽粕のFacebookグループに参加している方って、ビール好きな方だけに限らないんですよ。つまり「普段はビールを飲まないけれどアップサイクルには興味がある」っていう方も、参加するようになっているんですね。それで、新しいお客さんが生まれているんです。

ー麦芽粕をきっかけに、これまで出会うことのなかった層のお客さんと出会っているんですね。

田中:たとえばビアパブになかなか来られない近所のおばあちゃんが、麦芽粕をもらいにKyoto Beer Labに初めて足を踏み入れる、みたいなことも起こっているそうです。そうすると、これまでになかった近所の付き合いが広がって、コミュニティが盛り上がる。そういう現象が起こっているのはおもしろいなと思います。

村岸:本当にそうですね。今までに接点のなかった人々と、麦芽粕を媒介にくっついた感じがします

5年後くらいには、麦芽粕を捨てない時代が来る

ー最後に、このプロジェクトの展望について教えてください。

田中:この『麦芽再利用プロジェクト』のウェブサイトでは、さまざまな方に麦芽粕の情報や可能性を広く伝えていきたいなと思っています。その中で、クローズドコミュニティで知見を共有し合いたい方には、村岸さんのFacebookのグループに誘導できたらと。

また、京都のすべてのブリュワリーにこのプロジェクトに参加してもらえないかなとも思っています。ブリュワリー同士でアイデアを出し合って、麦芽粕の活用法をシェアできる仕組みが作れたらいいですね。そしてこのサイトを窓口に、京都全体で麦芽粕のアップサイクルの循環を生み出すことが目標です

ーうまくいけば、京都で麦芽粕ブームが起きそうですね。

村岸:おそらく、ブリュワリーごとに麦芽粕の利用方法って違うと思うんですよ。大きい農家さんに肥料としてドンと渡す所もあれば、うちみたいに小分けにして近所の方に渡す所もあって、田中さんのようにぬか床を作っている人もいて。ブリュワリーごとに役割分担をして、使い分けがうまくできたらいいですよね。

伴:そうですね。ブリュワリーが増えているなか、みんな同じ課題を抱えているし、賛同してくれると思うんですよ。それぞれの役割がうまいことハマればいいなと思いますね。

おからとか酒粕とか、昔は産業廃棄物だったけれど、今はブームになって普通に売り買いされているものがあるじゃないですか。麦芽粕もそんなふうになったらいいなと思います。それに対して、自分ができることをやっていきたいですね。

田中:村岸さん、この間いいこと言ってましたよね。「5年後くらいには、麦芽粕を捨てない時代が来る」って。

村岸:はい。それくらいには、もう当たり前になっているんじゃないでしょうか。事例が僕らの中でどんどん積み上がっていけば、使う人も増えるだろうし。むしろ「なんで捨ててたん?」と言われる日が来るんじゃないかと思っています。

ーその始まりがこのプロジェクトかもしれませんね。これからが楽しみです。ありがとうございました。

(インタビュー:土門蘭、撮影:岡安いつ美)

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